人間だれしも幸福を願い、幸福な家族生活を考えると思います。
私たちが住み世界は不健全なことで満ちています。
例えばタバコを例にあげてみれば一時的なリラックス気分を味わうために吸ってしまい、若い頃に試しで吸ってしまったために、ながきに渡って吸って後で家族などからの非難を浴びてやめようとしても中々やめられないという羽目になってしまい、結局、その中に含まれる強い毒性により自分自身の寿命を短くさせてしまう訳です。
なぜこのような体にとって明らかに悪いものがこれほどまでに普及したのか分かりません。
たばこの場合は一般に言われる麻薬や覚せい剤のように幻覚症状がでるものでは無く、沈静効果があるということで規制されてないのでしょうが、知らず知らすの間に体がむしばれていくわけですね。
最近では行ったことがないので知りませんが、昔はパチンコ店にそれほど長くいなくても、客の吸うタバコの煙で体全体に匂いがついて、自分がタバコを吸わなくても副煙流で自分自身に害があります。このように体に害があるってことを分かっていながら存在しているものって他にも色々とあるのではないのでしょうか。
このように自分の楽しみごとや仕事に日々忙しく明け暮れしていると出来ないことですが、落ち着いて人間として本来どうあるべきなのかを考えた上で、家族に対してどのように接するべきなのか、その為には自分自身はどうあるべきかを考えることが必要ではないでしょうか。
それを考えた場合、色々な自分が行ってきたことがらが自分にとって家族にとって良くないものであることが分かってきてそれらを排除しようとします。
物質的なものを得ることで生活が豊かになるという考えは確かにある程度は当てはまります。
しかし人間の欲求というのは本当に果てしなく、次々と新たな欲求が生み出されてきます。私自身、電機製品が好きで昔は一つ買ってもそれで満足できない訳です。
買うときはもう一人の自分との戦いです。しかし、今こそこれを購入しなかったら駄目なんだ、これこそが自分が以前から求めていたものだと言う錯覚を起こすのです。
ですから物質的なものを拠りどころとするのではなく、人がもつ心の面を重要視した生活を送ることが大切です。
自分自身が大切であることだと信じている幸せの生き方は、本当に幸せへと導くものであるかよく考えないといけません。
私は自分の幸せばかりを重視することではなく、他の人のことを気遣い心の面を築き上げることが、自分自身をも幸せへと導くのであると考えます。
要するに心の面がいつも満たされ、輝いている人こそ幸せです。
逆に言えば心の貧しさは積極的に他の人に良い行いをすることによって精錬されるのであると考えます。
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