わが子が運ばれてきました。
子供は入院していた時と同じ衣類に包まれていました。
その変わり果てた姿は顔は小さくなり腕と足はか細くなっていました。
最後まで赤ちゃんへの希望は捨てませんでした。
私の妻はすぐさまわが子を抱き寄た後、心臓のあたりを何回も叩くのでした。
生き返って欲しいとの妻の強い希望がそのような行動をとらせたのでしょう。自分が生んだ子供に対する気持ちは私以上のものをそこに痛感しました。
本能がさせた母親のわが子に対する無意識の行動であったと思います。
わが子を強く抱きながら車で自宅に帰る道中、私は妻を元気付けます。
妻は自分が悪かった。私は最後でいつも失敗する。との言葉を繰り返し言い続け自分を責めます。
私の妻に対する励ましの言葉は逆に妻を悲しませるものでした。
正直、二人は子供をつくるのが少し怖くなりましたが、幸い、妻の方は思っていた以上に立ち直りが早く、待望の最初の子供との悲しい別れがあった4ヵ月後に妻は二人目を妊娠し、その子は予定日より少し早く元気な赤ん坊でした。
最初の子供を病院で見つ続けてきたために赤ん坊は細い管を沢山付けて寝ている印象が強かったので、子供が生まれてベッドで普通に手足をバタバタしている姿が何か不思議な感じがしました。これが普通なのですが。
3年後には3人目が生まれこの子も五体満足の元気な子供です。
最初の子供が亡くなって今年で10年を経過しようとしていますが、その子のことは忘れたことは今までにありませんし、時折、妻との会話に中で出てきます。
子供たちも無くなったお姉ちゃんのことを話題にしてくれることがあります。
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